diversity

久しぶりに日記をひらきます。
フェミニズムフェミニストという言葉を避ける傾向ってあると思います。でも、このような考えで打ち出している人達もいるんだなって、今の大学生でもしっかりしていると思います。
right to choose(選択の権利)そして、そこに含まれている、
right for individual definitions of feminism to exist(その人なりの色々な形のフェミニズムが共存できる社会であること)

いいな、と思います。

AIDS

アフリカのエイズ対策として、割礼(ペニスの包皮を除く手術・処置)が流行りそうらしい。臨床実験の予備データによると、割礼している男性の方がしていない男性よりもHIVが移りにくいそうだ。包皮の下側がセックスで肉眼では見えない擦り傷などを負い、HIV感染に繋がるのではないか、との仮説らしい。でも、あくまでも予備データ。

怖い。と思うのは変だろうか?
例えば、ユダヤ教は宗教的な理由で割礼するが、アメリカ人男性が大概産まれた直後に割礼するのは、それは一昔、「医学的」な理由(非清潔)をこじつけて、医学会が割礼を標準としたのがただずるずると残っているからだそうだ。

西洋医学は体全体を見ないで、切る(手術)に走るのではないか、(例えば、六十年代に特に必要の無い卵巣摘除が流行ったのと同じく)という心配もあるが、

第三世界の人間価値の値踏みなのではないか、とも思えなくともない。コンドームをどう使ってもらえるか、ではなく、何千人、何万人の割礼をするのがエイズ予防に繋がるかどうか?ペニスが剥けていても、バリアを使わないとHIV感染はする。どこかで理屈が曲げられているような気がしてならない。

ア〜ト!?

QQblog2006-03-31

BjorkとアーティストMatthew Barney マシュー バーニーの新作拘束のドローイングを見てきました。う〜ん。バーニーは桁が違う。彼の感覚に日本はとても似合っていると思った。エピックですね。まだまだ吸収中です。
あ、ビョークの毛皮の花嫁衣装姿、すごぉいい。迫力ありましたん。マシューは剥がれた感じだったけどね。

AIDS

QQblog2006-03-23

"Because the reality that they can't control it, that people get sick no matter what they do, scares the shit out of them"---Veronica by Mary Gaitskill

英語の勉強しているのなら、この著者を読んでみてください。彼女の文章は希薄な空気を織る様な感じで読者を本の世界に取り込んで行きます。Veronicaは、ニューヨーク80年代と、それを振り返っている主人公のセッティング。Veronicaはその昔、主人公の友達でエイズで亡くなってしまう人です。そう、ミュージカル・映画のRENTの世界。

何故、エイズを「自分の問題」として認めにくいのか、(エイズではなくても、レイプでも家庭内暴力,強制収容、戦争でも・・・自分の大切なものを奪われる暴力として同類かな)がこの文章かな。

"She had HIV and I was desperate to give her something, even though she didn't want it"...
"I remember she said, 'How do you think Stalin and Hitler wound up killing so many people? They were trying to fix them. To make them ideal.' She said, 'There's violence in that, hon.'"

エイズだから親切にしてあげよう。ってやっぱり自分ではなくて良かったという小さい安心感があるのだろう。主人公は彼女の「コントロールできない怖いもの」に飲み込まれたくなかったみたい。「怖いもの」を避けるために区別・差別する可能性って、自分の中にもあるよね。絶対。

人間だから大事にしよう。
そして大事にするのは自分から・・・